こんにちは。ビィと申します。 自動収入で、パートナーとかわいい犬に囲まれて、気楽に暮らしています。 自動化ビジネスの前はECをやっていました。そこではたった1人で7億を売上げました。 とはいえ、私はビジネスの才能があったわけでも、優秀だったわけでもありません。 ダメ人間がビジネスによって、後づけで変化しました。ちなみに脳って後天的に変えられる唯一の臓器だそうです。まさに私。それを書いておこうと思います。 現在ショップは売却してECは卒業しています。そしてしばらくノンビリ引退生活をしていました。 でも、あまりにも暇なので、PC1台でコンテンツ販売ビジネスを始めました。 初月収入は100万円を突破。そして現在、働かなくても収入が入る仕組みになっています。 こんなことを書くと、すごいビジネスセンスがあるとか、能力があるからだとか言われるのですが、全くそんなことはありません。 それは逆です。何をやってもダメで自信のなかった私が、ビジネスをすること変わりました。 イジメに怯え、隠し続けていた毎日 小学校や中学校の話。実は思い出せないことが多いんです。 理由は、記憶を自分で消し去ってしまっているから。デリートキーを押すように、自分の中でなかったことにしてしまっている感じです。 だから担任の名前とか、クラスメイトに誰がいたとか、ほとんど記憶にありません。修学旅行もどこに行ったか、あとから富士山だったと分かりましたが、富士山に行った記憶は私の中にはありません。卒業アルバムも、おそらくすぐに捨てたはずです。だって、見たくないんですから。 でも、みんなから無視され、酷い扱いを受けて罵られていたことは覚えています。一番きつかったのは、小学校の先生が、私をイジメることに快感を覚えていて、クラスメイトに私を罵るように仕向けていたことです。 考えられない事ですが、私は多くの見せしめの対象にされました。わざと立たされ続けたり、誰も答えられない難しい問題の時に私をあてて、間違いばかり回答させられました。 中でも一番キツかったのは、黒板の前で「私の性格が悪いからみんなに無視されています。私の性格が悪くてごめんなさい。刑務所から出てきた人のように、これから償っていきます。許してください。」と言わされたことでした。 たかが、10歳の子が、横で腕組みして睨みつける先生と、私を非難の目で注目する30名以上のクラスメイトを前に抵抗出来ようはずもありません。まさに地獄でした。 これだけは、どんなに消そうとしても消えない記憶です。何の罪も犯していないのに、刑務所上がりの罪を償う人間ですと言わされた、小学5年生の夏。これだけは、何をしても消えない私の最悪の記憶です。 そこで私は、存在価値のない人間、ということを叩き込まれてしまいました。それからは何が起こっても、全て自分が悪いからだ、と思うようになってしまいました。そうです。自己肯定感のない人間のできあがりです。 バイト、1日でやめる そんなこんなで、とにかく一人で静かにしていたい。誰にもかかわりたくない、そんな高校生活を始めるも、人並みの事はしないといけない、とバイトをしようと思い立ちました。 そして初のバイトは、街のちょっとお洒落なベーカリー。 そこなら変なお客さんも来ないだろうし、オシャレ=素敵な人の集まり、という浅はかな考えだけで選びました。 …結果。1日で辞めました。というか、辞めることも言わず、もう行かなくなりました。理由は、バイト仲間が怖くついていけないから。 そこで、私はあらためて、人と関わるのは無理だと認識しました。一人で静かに暮らしていきたい。どこか遠くで一人で暮らしたい。私は普通に暮らしていくのは無理だ。そんな思いを強めました。 親の望み通り、 超一流企業へ就職するも・・ 家庭でも私の居場所はありませんでした。私が学校へ行くことを嫌がると、父は「甘えるな」と私に暴力をふるいました。殴る、蹴る、髪を掴んで家中、引きずり回されます。骨折したこともあり、包丁が顔の横を掠めたこともあります。さらに私だけでなく「お前の育て方が悪い」と母にも暴力をふるいました。つまり母は、私の行いに対しての人質でした。 そしてそれは、単に学校のことだけでなく、父の機嫌が悪くなると、とたんに怒鳴り声が家中に響き渡りました。毎日、父が帰宅した途端、家中に緊張が走り、恐怖に慄く日々。出口もなければ居場所もない毎日。 そんな状況から脱出したかった私は母に「家を出よう」と言ったり「離婚をしてほしい」と言ったこともあります。ですが母は経済力を理由に「我慢しなさい」というばかり。だから私は、父の望み通り一流企業に入るために、家から通えない大学に入り、一流企業に入ることで、全てからの解放を望みました。 そしてその望みは叶い、一流企業での会社員としての生活が始り、幸せになるはずだったのですが、そこでもやはり組織の中で苦しむ日々が待ち受けていました。 人が怖い、なじめない。余計なことを考えすぎる、感じすぎる。 私は、HSPでした。育った環境のせいでそうなったのか、元々生まれつきかは分かりません。とにかく日々が生き辛く、そのうち毎日、夜になると蕁麻疹が右側太ももに出るようになり、毎朝5時にセットなどしていない目覚まし音が鳴った気がして目覚めてしまったり、精神的に追いつめられていきました。 インターネットで人生は激変 1人でひっそりと暮らしたいけれど、生きていくにはお金が必要。会社を辞めるわけにはいかない。そんな葛藤の中で、ある日、インターネットで生計をたてて暮らしている人の話に出会いました。 その人は、パソコン1台でインターネットを使い、ビジネスをしているのです。いわゆる情報商材屋という人でした。 あまりにも怪しく、胡散臭く、詐欺まがいである情報が多数を占める中、私はネット通販、つまりECならきちんとしたモノを扱いながらインターネットでビジネスがしていけると考えました。 怪しく、人を騙すようなことをしているように見られたくない気持ちもありました。そしてその頃は、今ほど情報発信ビジネス、コンテンツビジネスがクリーンでまともな感じではなく、詐欺が多かった時代でもありました。 そこで、私は情報商材屋のいいところどりと、詐欺ではないちゃんとビジネスの良いところどりができる、クリーンなインターネットビジネスとしてECを始めよう、そう考えました。 借金500万円。背水の陣で始めたEC いざ始めようとしても、仕入れて売る商品がなければ始まりません。何を仕入れて、どう売ればいいのか、そもそも仕入れの伝手もありませんでした。 そんなこんなで仕入れ先を探し回る中で、ご縁あって宝石の卸売り業者の方と知り合いになりました。 そして何度かお会いする中で、私に商品を卸してもいい、と言ってくださいました。 宝石は、高額であること、古風な縦社会が残っていること、また強いネットワークがなければ、良質な商品の仕入れができないこと、そんなことから、なかなか新参で経験もない私がおいそれと仕入れられるものではないこともよく分かりました。 ですが、その有難い出会いによって、私は商品を仕入れる道筋が立ち、ECを始めることができました。500万円の借金を抱えてのスタートです。もうやるしかありません。もう会社も辞めてしまっています。 死ぬほど勉強して実践の繰り返し 私は独自ショップを作ったのですが、とにかく、売るために必要なことは、勉強しまくって、ショップページを作りまくりました。 webサイト構築、魅力的な商品撮影方法、ライティング、SEO、ネット広告、マーケティング。 ありとあらゆることを勉強し、実践していくことで、ありがたいことに順調に売上は伸びていきました。そうして販売をしていくなかで、後発で新参ルーキーの私が、どうやったら先発組を追い越せるのか、そのポイントが分かるようになりました。 それからは、ガンガンそこに注力し、売りまくり、発送が追い付かずに泣きそうになる日もありながらも、毎日、売り続け、気が付けば私は、ネットで7億を稼いでいました。 ECの仕事はハードではありましたが、毎日決まった時間に決まった場所へ行って、人間関係にストレスをためることを思えば天国でした。 なぜなら、注力すべきことは人間関係ではなく、目の前のビジネスだったからです。 1人で黙々と仕事をし、そしてそれが稼ぎとなる。どれだけ稼ぐかは自分次第。稼げるようになってからは、お金の心配もしなくていい。通勤のストレスも、人間関係のストレスも、お金の不安も全部なくなり、本当に幸せに日々を過ごしました。 情報発信でコンテンツビジネスを始める …
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